2010年05月24日

ロシア連邦少年少女絵画展(モスクワ芸術アカデミーリツェイ&ロ日協会提供)

ロシア文化フェスティバル2010

今年もいろいろ興味深いプログラムが盛りだくさんです。
既に終わってしまったダンチェンコ・バレエもこの中の企画でございました。


会員になっているので、ちょこちょこちらしなり、チケット購入案内などが送られてくるのですが、
今日届いていた中でとっても魅力的だったのが
ロシア連邦少年少女絵画展(モスクワ芸術アカデミーリツェイ&ロ日協会提供)
10歳〜16歳なのかな?ロシア連邦の青少年の絵画展です。
もー、ちらしだけでも、その作品の素晴らしさが伝わってきてですね、
是非行かなくちゃ!と思う次第であります。

しかしですねー、さすがロシア的というかなんつーか、、、、
ちらしにはかんじん要の開催場所が書いてないのよ!(笑)
8月〜12月としか書かれてないのよ。
グジェ???????
・・・・・こんな感じです


いや、後日発表ならそれはそれでいいんだけどもさ、
そういう旨も書いて無くってですね、母と大笑い。

サイトによれば、NHKふれあいギャラリーほか各地で順次開催みたいです。
静岡にもまわってこないかしら〜。
posted by おロシア人 at 16:12| Comment(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東京バレエ団 「オネーギン」横浜公演 感想@

昨日の舞台の余韻にまだ浸っています。
今一番思うのは、是非再演してほしいということ。

わたしは本家本元のシュツットゥガルト・バレエ団の全幕版「オネーギン」を観たことはありませんし、もちろんこの作品をレパートリーとして持っているミラノ・スカラ座やパリ・オペラ座の公演も観たことはありません。
むか〜しむかしに観たカナダ・ナショナル・バレエのビデオの記憶は既にあやふやで、むしろ映像というならばハイライト映像のハイデ&クラガンのパ・ド・ドゥのほうが記憶鮮明かも。
生で観たのはバレエフェスの「鏡のパ・ド・ドゥ」や「手紙のパ・ド・ドゥ」。

だからたいしてえらそうなことも言えないですし、そりゃー、本家本元の全幕を何度も観た人にはもしかしたら物足りない部分もあるのかもしれない。
ちゃんと振り写しされているようで、実は東京バレエ団風になっちゃっているところもあるのかもしれない。

それでも、昨日の神奈川県民ホールの公演はとても素敵でした。
小さなほころびも多少あるにはありましたが、だからこそ、もっと彼らにこの作品を踊りんでモノにしていって欲しいと思うのです。
今回だけだなんて、あまりにも勿体無いですし、
彼らには再演を許されてもいいと、、、、というか、ほんとにこれからも躍らせてあげたい!と思いました。

よく男性ダンサーが一度は踊ってみたい役柄として、「オネーギン」を挙げているけれども、なるほどなあ、と思いました。

プーシキンの原作は中学以来読んだことないんです。
どちらかというとオペラの「エフゲニー・オネーギン」のほうがわたしは馴染み深いです。プーシキンは、ここまでオネーギンをやなヤローに書いていなかったような気もするんですよね。
―もちろん酷い男だけども、哀れさを誘うような、かえって同情してしまうような書き方だったような覚えが、、、。
同時期にジェイン・エアを読んでいたので、そっちはほんとに女性主人公の立場にのっとった小説だったから、余計にそう感じるのかもしれません。
(そして「嵐が丘」に至ってはいまだに読破しておりません・笑)―

まあそんなプーシキンの原作に対し、チャイコフスキーのオペラは「こんなひどい男は振られて当然」ではないですけども、オネーギンをかなりな冷血漢に描いているし、タイトルロールはオネーギンでも「タチヤーナ」視点の、タチヤーナの心を通してオネーギンを語っているというか、、、そんな印象です、わたしにとって。

で、まあ、そんな下地を持った私、せっかく初めて観る日本のバレエ団による全幕初演なのだから、なるべく今回の東京バレエ団の「オネーギン」情報は見ない聞かないようにつとめ、、、、いや別に心の目で見ましょう!っつうわけではないんですけどもね(苦笑・単に忙しかっただけ)。

ただ最初に「オネーギン」上演を東京バレエ団が許可されたとニュースになったとき、
「苦節ン十年」「喜ばしいこと!」「健闘を祈る」という歓迎する声もありながら、
「なぜ東京バレエ団が許可されたのか?」
「やれるわけがない」というような否定的な声も耳に入っていました。
「オネーギン」というバレエ作品を心から愛している人にとって、「やってほしいこととそうでないこと」は人それぞれ違うでしょうし、
たまたま私の耳に「それだけはやめてほしい!!!」というかなりキツーイ声が届いただけのことなのもわかっています。

こういうことって、なにもオネーギン、ましてやバレエだけにに限ったことではないですし
とても繊細なポイントだと思います。


何かを表現する・創造していく芸術活動というものは、
(それを担う人がまずは、「スタートライン」に立てているかどうかが大前提ですけども。それを表現する準備ができている、能力がなくちゃはじまらない。)
どうしても最初は、形から入るものであったり、真似ることからはじまるものだと思います。
歌でも踊りでも演奏でも美術でも文章でも。。。。

時としてはそれが「なってない」「お話にならん」「こっけいだ」と映ることもあるかもしれません。

でもそれを誰かが、おうおうにしてそれはその道の大先輩だったり第一線で活躍しているプロフェッショナルだったり、先生だったりするわけですが、
周りの誰かが、次に続く世代を理解して根気良く導いてくれるから、
継承される伝統もあれば、新たに生まれるものもあると思うのですね。


作曲家は楽譜で、作家は著書で、美術家は自分の作品で創造物を後世に伝えることはできますが、バレエは(ノーテイションや今は映像もあるにはありますけれども)ダンサーが踊ってくれなければ成り立ちません。

今ふつうに日本に住んでいて、全幕の映像も見ることもままならない中、
せっかく日本のバレエ団が、ゲスト無しで上演するチャンスがまわってきたのですから、これは踊るほうも幸せなことなのはもちろんのこと、我々観客にとっても素晴らしいチャンスだと思います。
少なくともわたしはそう感じました。
ま、わたしにできるのは「観てるだけ」ですけども。。。。


(再度書きますが、本家の「オネーギン」に格別の思い入れがないことも幸いしていると思います。
そこは触れて欲しくない、踏み込んでほしくないものって誰にでもあると思うから。)


昨日、横浜で舞台を観てとても感動しました。
それは舞台そのものへの感動よりも、もしかしたら、踊っているダンサーへの感情移入もあったかもしれません。
「もしかしたらもう二度と踊るチャンスはないかもしれない」と、この舞台に真剣に取り組んでいるダンサーたちに涙し、「もう純日本人だけのオネーギンは観られないかも」という勝手な悲劇的雰囲気に酔いしれちゃっている自分もいたかもしれません。

でもまあそういうその時の自分の気分含めて「その日の感動」だと思うし。

少なくともですね、「ドナウの娘」にお金かけるよりも、こっちの再演に向けて予算をばんばん使ってほしいですよ。

それから、「ドン・キ」はさておき、えーっと、、、、「真夏の夜の夢」とか「シルヴィア」みたいな陽気タイプよりもこっちの悲劇的体質のほうが東京バレエ団に合ってうるような気がします。
もちろん技術的に踊れているし演技もこなしてはいるのですが、なーんか違うなあ、、、、、みたいなふうに思っていました。
でも今回の「オネーギン」はそんなに違和感なかったです。
波長が合っていた、、、ように感じます。

バレエ団的にもゲストを呼ぶための布石じゃないですが、いろんな事情で権利を得た作品もあると思います。
でもそんな中でも、この「オネーギン」は、、、これからも踊っていってほしいな、と思うんですよね。

ガラで観ていたときに感じたのですが、パリ・オペのダンサーの踊りだと、そのダンサーの「オネーギン」であり、「タチヤーナ」であったのですが、
(そしてそれはそれで非常に感動的な踊りでしたが)
シュツットゥガルトのダンサーだと作品そのものを感じることができました。
「あ〜、やっぱしクランコ作品を初演したバレエ団のダンサーなんだな。。。」と感嘆したのを覚えています。
今回の横浜公演での踊りは、『もうこれを一生の思い出に封印したいくらい!』というような、激しい大感動の大波にどんぶらこ!というのとはちょっとまた違って、
あ、もちろん一生忘れたくないくらい素晴らしい経験でしたけども、
もっと静かな優しい感動といいますか、
心にすとんとしっくりきちゃいました。


ちょっと冷静に振り返ってみると。
もうちょっと2幕のラストのタチヤーナの「怒り」的なパワーも欲しかった気もします。
嘆きのほうが強かったかな?
まあこれはオペラの影響もあるかもしんないし、
わたしの観ていた位置ではユカリューシャより木村さんのほうがクローズアップされてしまっていたせいもあるかもしんない。
こう、レンスキーを殺してしまって、興奮と虚脱綯い交ぜのような呆然としたオネーギンが、タチヤーナの「あなたという人は!!!!!」といった射るような瞳で、はじめて後悔の念に、、、、というところがもう少しわかりやすければな〜、と思いました。
しれっと子悪魔なユカリューシャのシルフのある種のおっかなさ、みたいなパワーは伝わってこなかったのよね。
あ、実際には木村さんを射殺していたのかもしれませんが、わたくしにはちょっとわかりにくかったです。
うーんと、なんとなくわたしは2幕のラストはタチヤーナがオネーギンと決別する瞬間だと思っていたので、もっと「怒り」なり「軽蔑」を感じたかったのかもしれませんねえ。
まあでも、人間こんな切ない場面ではとことん嘆き悲しむものなのかもしれませんよね。



それから〜(苦笑)。。。。
昔のビデオは問題外なのでさておき、全幕初で受けた衝撃!!!
『第2幕のラーリナの舞踏会』が無い!!!!ってこと(大笑)
いや、そりゃ、知識として、バレエのオネーギンはオペラのオネーギンとは別の、でもチャイコフスキーの曲を使っているとはわかっていたけども、

なんでなんでなんで〜!!!!!!(苦笑)

いったいいつあの曲が流れるのかと思っているうちに、
井上レンスキーが木村オネーギンを手袋でペチペチ叩いてるし。。。

・・・・・・・・・・あ、アレ????ワルツ、ナッシングぅ?????

あの曲大好きなのに。。。。。衝撃。。。。。。


井上レンスキーはなかなかの好演だったけども、ソロがちょっと弱かったですね。一人であそこの場面を支配するパワーがもうちょっと。
でも、これも踊り込めば解決することなのかな。
あの踊り難しいし。

そして平野くん。素敵すぎ!
(ま、、、、グレーミンっておいしい役なんですけどもね。)
やっぱ平野くん好きかもー。。。。。


ってところで一旦区切ります。
木村さんとユカリューシャについてはまた改めて。
なんて言葉にしたらよいのか、まだこう、自分の中で仕上がっていなくて。。。。
スミマセン。
posted by おロシア人 at 15:43| Comment(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

取り敢えず

昨夜は帰りが遅かったのと、今朝はこれから仕事なので取り敢えず取り敢えず。


素晴らしかったです、「オネーギン」!


観に行って良かったと思いました…。
posted by おロシア人 at 03:59| Comment(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。